▽ 瀬戸市とは
▽ 私たちがやりたいこと(せとまちブランディングについて)

瀬戸市とは

「ものづくり文化」と「里山」に育まれてきた やきもののまち

愛知県瀬戸市は自然と共生しながら育まれてきた「ものづくり文化」とやきものづくりと深く関わってきた「里山」によって、創られてきたまちです。

瀬戸のものづくりは、「人」だけで築きあげてきたのではなく、この地にしかない良質な土や森、山、川があったからこそ、窯が築かれ、まちを形成し、職人たちの手により世界的にも例を見ない千年以上も連綿と続くやきものづくりがうまれ、「せともの」はやきものの代名詞になりました。 瀬戸のものづくりは、自然と共生し、自然の豊かさを再認識する中で育まれてきたのです。

中世日本における唯一の施釉陶器「古瀬戸」は鎌倉期に上級武士に愛されるなど全国に流通し、19世紀初頭から始まる磁器の生産・流通に伴い、陶器と磁器の両方を生産する世界でも稀有な産地として確立してきました。

明治中期から昭和前期にかけて、瀬戸でつくり出されるやきものは、飲食器にとどまらず、便器や瓦、タイル、碍子、ノベルティ、ファインセラミックスなど多種多様な製品が生み出され、瀬戸のものづくりが日本人の生活・文化を支えてきました。

陶磁器産業の隆盛に伴い、瀬戸には多くの人が集まり、窯道具を積み上げて作られた「窯垣」など瀬戸独特の美しい幾何学模様の景観がまちを彩り、「尾張の小江戸」と呼ばれるほど、ものづくり文化が息づく賑わいが創られてきました。一方、やきものづくりとも深い関わりのある里山も、薪となる木材の伐採により禿山になりましたが、人々の手による植林により、豊かな里山として再生させてきました。

千年以上続く歴史の中、ツクリテたちが時代の流行を敏感に感じ取り、イノベーションをくり返し築いてきたまち。それこそが、「瀬戸」です。


私たちがやりたいこと(せとまちブランディングについて)

瀬戸市では、せとまちブランディングという取組をしています。 この取組では、新たな魅力をつくるだけではなく、瀬戸の既存の魅力を再発見、再構築することで、瀬戸の魅力を磨き上げ、広く発信することにより、「市民のまちに対する誇りと愛着の醸成」「定住人口の増加」「地域経済の活性化」を図り、第6次瀬戸市総合計画の将来像「住みたいまち 誇れるまち 新しいせと」を実現していくことを目指しています。

詳細は、せとまちブランディング戦略をご覧ください。
せとまちブランディング戦略(PDF, 4.0mb)